商店街の角に、小さな店がある。
看板には「のれん屋ポルタ」とだけ書かれていた。
そこは、のれんのオーダー専門店。
訪れる客の希望を聞き取り、その人にふさわしい一枚を仕立てるという。
ある日の午後、一人の男性客が暖簾をくぐった。
スーツ姿で、どこか緊張している。
「会社の玄関に掛けるのれんをお願いしたいのですが」
カウンターの奥から、店主がゆったりと現れた。
細身で、落ち着いた眼差しをしている。
物腰は柔らかいが、しかしどこか哲学者のような雰囲気を持つ人物であった。
「ようこそ、のれん屋ポルタへ。
会社の玄関となると、人の行き来を見守る役目になりますね。
――そのようなのれんには“白”が最もふさわしいかもしれません」
そう言って店主は、真っ白な布を差し出した。
すると、カウンターの横でちょこんと座っていた小さなうさぎが口を開いた。
麻の着物を着ていて、身の丈は湯呑ほどしかないうさぎで、どうやら店のアシスタントを担当しているらしかった。
「まあまあ、また“白”ですか。店主様はすぐに白を勧めますけれど、
お客様にとっては味気ないのではございませんか?」
男性は思わず笑ってしまった。
「本当に喋るんですね、この……うさぎ?」
うさぎは軽くお辞儀をする。
「はい、どうぞ“おもち”とお呼びくださいませ。以後お見知りおきを。」
店主は穏やかに頷いた。
「真っ白なのれん……。潔白で凛とした一枚ですね」
カウンターで、おもちが首をかしげた。
「でも白って汚れが目立ちますよ?
コーヒー持って通るとき緊張しませんか」
男性は思わず笑い、うなずいた。
「確かにそうですね。でもその真っ白なのれんをお願いしようかな」
「まあ汚れたら洗えばいいんです。会社も、のれんも」
とおもちは無責任に言う。
数日後。
完成したのれんを受け取りに来た男性に、店主は布を丁寧に手渡した。
真っ白で、風を受けるとすっと光を透かすようだった。
「……本当に、真っ白ですね」
店主は微笑んで言った。
「白は、誰の色にも染まります。
くぐる人の気持ちを映すのです」
おもちはちょこんと顔を出し、さらりと付け足した。
「社長さんの機嫌を受け止めて、真っ黒になったりして」
男性は笑いながらのれんを抱えて帰っていった。
外では、通りを渡る風がのれん屋の看板を揺らしていた。
店内には、まだ針と糸の音だけが響いていた。




