昼下がり、のれん屋ポルタの戸が乱暴に開け放たれた。
入ってきたのは中年の男。腕を組み、眉間にしわを寄せている。
「……あんたのとこ、のれんを売ってるんだろ?
でもな、俺はのれんが大嫌いなんだ!」
店主は驚くでもなく、静かに微笑んだ。
「それはまた……。では、なぜここに?」
男はふてくされたように答えた。
「女房が“新しいのれん買ってこい”ってうるさいんだよ。
俺はのれんなんざ視界を邪魔する布きれだと思ってる!」
カウンターでおもちが顔を出した。
「でものれんがないと、玄関から台所まで丸見えになりますよ?
……たとえば食べかけの煮物とか」
男は一瞬口をつぐみ、気まずそうに視線をそらした。
「うちの煮物は、確かにあまり見せたくはないな……」
店主は布を一枚取り出した。
「では、こんなのはいかがでしょう。
紺地に“ただいま”と染め抜いたのれん。
掛ければ家族を迎える言葉になります」
男はじっと布を見つめ、頬をかいた。
「……そんなのれん、あると帰るのが少し楽しくなるかもしれん」
数日後。
のれんを受け取りに来た男は、照れくさそうに布を抱えた。
「まあ、嫌いなもんでも……これは悪くないな」
店主はにっこり笑った。
「のれんは邪魔をする布ではありません。暮らしに区切りをつける布です」
おもちは横で小さく頷き、ぽそっと言った。
「区切りがないと、人は延々とおやつを食べ続けますからね」
男は吹き出し、肩を揺らして笑った。
「なるほど……それなら、のれんも悪くないな」
カラン、と鈴の音が鳴る。
次のお客が、のれんをくぐってきた。




